“遠 雷”  『音での10のお題』より

 

 
ふっ、と。
何にか起こされた。
物音がしたのか、それとも。
不意な夜風がすべり込んで肩口が寒かったのかなと。
居心地のいい夜具の中から、
少しだけ首を伸ばして、周囲を見回せば。
いやに低くなってる視線だってことへ、
気づいたのと同時に何かが見えた。

 「?」

何なに? 今の、なに?
瞬間的な何か。
弾けるような、でも、
もうどこにも痕跡も余韻も残ってない何か。

 「〜〜〜。」

えとうと、これってよく知ってる。
でも、何だったか名前が出て来ない。
名前というか形というか、
頭がまだ寝ているから、輪郭が出て来ないアレ。

 「〜〜〜〜〜。」

えとうとえと…と、思い出そうとする端から、

 「〜〜………。」

あんまり気持ちがいいものだから、
するり、睡魔が意識を攫ってこうとしたけれど。
そんな間合いに再び弾けた瞬光が、窓辺を叩いて。
カーテンの裏へサッシの影、灼きつけて。

  ――― かっからからから、ぱしんっ、がらごろろ………。

光ったのと同時だったので、やっと正体が判って。
それと同時に、さあさあと淑やかな始まり方をしたのも一瞬のこと。
そのまま ぱらぱらざあざあ、窓越しにでもここまで大きく届く、
それは激しい雨脚が続いての土砂降りが始まった。

 「…あめ。」

あれれぇ? 窓の外、薄く白い。
あ、ここ、一階の和室じゃない。
ボク、お昼寝してたのかなぁ。
今って夕方なのかなぁ。
だったら、そうそう洗濯物、取り込んでおいたかしら。
お母さんが、今日は印刷所に泊まり込みになるからって。
お父さんも月締めの決済があって残業ついでで帰らないって。
だから家のことは任せたって言われてて。

 「…えと。」

しっかりお布団、敷布団から敷いてるのに気づかないまま、
身を起こそうとしかかったら、
そんな瀬那の二の腕を捕まえた手があって。

 “あれあれれぇ〜?”

とろろんと、依然として夢見心地のまんまな、
小さな肢体のやわやわした温みを掻い込む存在があって。
ぱふり、引き戻された先にあったのは、
芯のあるマットレスみたいに、ちょっぴり堅いもの。
でも、セナの好きないい匂いがして。
あんまり嬉しくて“えへへぇvv”なんて頬擦りすると、

 「…。」

大きな手のひらが上がって来て、背中や肩を撫でてくれて…。

 「あ…。///////////

あ、あ、そか、そだった。////////
お母さんもお父さんもいないからって、
進さんにお泊まり勧めたんだった。
あやや、すっかり(うっかり?)忘れてた。//////////

 「…進さん?」
 「こんな時間に、にわか雨とは。」

陽のある時の暑い盛りに降るものとばかり思っていたのだが。
理科の地学の成績もいい進さんなので、
急なにわか雨の降るメカニズムというの、思い出していたらしい。
凄いなぁ。
ボクなんて、今やっと、観てるものと意識がつながったばかりなのにな。

 「あ。」

また光った。えと、1、2、3、4、5…。あ、鳴った。

 「遠いな。」
 「そうですね。」

あ、もしかして進さんも、光ってから音がするまでを数えたのかな。
もう随分と明るくなってるお部屋だったから、
天井の明かりを灯さなくてもお顔くらいなら見えて。
きゅうぅんと、掻い込まれた懐ろから見上げれば、
思ってたより間近に進さんのお顔があって。

 「光ってから雷鳴がするまでが長いと遠いというが。
  結局のところ、先程光った稲光までが遠いと判るだけの話だからな。」
 「え?」

…………あ、そかそか。
光と音だと光の方が早く届くから、
遠いほど間合いが長い。
でも、だからって雷を起こしてる雲自体は案外と大きくて、
真上にもかかってる可能性はあって…。

  ――― かかっ、と。

言ってる端から、フラッシュを焚いたみたいな物凄い光り方をしたのと同時、
真っ白になった部屋に叩きつけるような、それか切り裂くような、
ぱりぱりぱしん…という乾いた音が、大きく長く鳴り響いたから。

 「ひゃっ。」

これは近かったみたいだと、思わず声が出てしまい。
そしたら進さんが、背中をよしよしと撫ぜてくれた。

 「雷は苦手か?」
 「えと、昔は怖かったですけど。」

 ―― 今はそんなに…あ、ホントですってば。
    だから、今のは落ちたら大変なことになるって思って、
    それでビクッてなっただけですよう。
    聞いてますか? 進さんたら〜〜〜。////////

よしよしと、背中を撫でる手が止まらないから、
もうもう、進さんたら誤解してるんだ。
本当に、今は昔ほど怖くはないもの。
小学生くらいまでは、あのピカッていうのや雷鳴が怖くて堪らず、
足や身が文字通り強ばって竦んだ。
そういうところも“弱虫”と囃されて苛められたほど。


 ―― でも、今は。
    不思議と怖さは減った。
    稲妻の鮮やかな瞬光には、むしろ眸を奪われる。


いつからだろう。
怖いと思わなくなったのって。
ああもう、進さんたら、よしよしって辞めてくれなくて。
それでだろう、段々と眠くなって来た。
進さんがパジャマ代わりに着ているTシャツの、
袖へと掴まってた手から、ゆるゆると力が抜けてゆく。

 「…ふにゃ。」

ああ、そうだ。
進さんとか、強い人を怖いって思わなくなったのと同じ頃だ。
蛭魔さんとか十文字くんとか、
まだちょびっと怖くっても、だからって目を逸らさなくなって。
葉柱さんとか番場さんとか筧くんとか、
強さから威圧されても、向かい合ったままでいられるようになって。
阿含さんとか、いまだに怖いの、消えてない人もいるけれど。
それでも…試合中だけでも、
薙ぎ倒さなきゃって、真っ向から睨み返せるようになってるし。

 “…そっか。それで、か。”

あのあの進さん。やっぱりボク、雷、怖くはありません。
言わなくちゃって思うのに、
何だかどこかへ吸い込まれそうで、
眠くて眠くて…あ、今また光ったのに、なのに眠い方が勝ってるから。

 “ほらね? もう雷は怖くないんですったら…。zzzzzzz…。”

この降りでは朝のジョギングは中止だなと。
そうと決めてのおもむろに、

 「………。」

懐ろの中、再び寝息を刻み始めた愛しい人へ、
稲光や雷鳴から守るようにと、
その身を抱きしめ直した白い騎士様だったけれど。


  ………人の話、聞いてないでしょ、あなた。
(苦笑)






  〜Fine〜 07.7.30.〜7.31.


  *ちっとも“遠雷”じゃあなかったですね。(笑)
   昨日の明け方、丁度こんな土砂降りの雨に叩き起こされたのが、
   しっかりとヒントになってますとも、ええ。
   セナくんの場合、雷が怖くてデスマーチを踏破出来るか〜っと、
   某悪魔様から鍛えられたこともあっての克服だと思われ。
   その悪魔様も当然、雷なんて怖いどころか、
   自分の登場時の背景効果にしているほど自在に操れたりしてな。

    「…ヨウイチって、ホント何でも出来るんだねぇ。」
    「おうさ。おどろ雲だって呼べるぜ。」
    「おおお〜〜〜、凄い凄いvv」

   桜庭くん、あんまり信じないようにね?

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